Blog

ブログ

2021.06.01
ペット関連

獣医師・動物病院経営者が知るべき法律知識と裁判例① 医療過誤を問われる善管注意義務違反の程度について

 

1 獣医師(動物病院)と飼い主の契約関係

動物病院には,毎日,多くの犬猫・飼主さんが訪れます。

法的観点から説明すると,診察にきた飼い主様と獣医師(動物病院)との間には,獣医療契約が成立しています。

獣医療契約,というのは,民法上の準委任契約(民法  )に当たると考えられており,獣医には,獣医療行為に関して,善管注意義務を負っています。

いわゆる獣医療過誤事件,というのは,すべからく,獣医療行為に関して,獣医師の善管注意義務違反があったかどうか,が争点になります。

2 善管注意義務違反の具体的な基準

法的には,獣医師の獣医療に対する一定の水準を念頭に置き,獣医療水準に従っていない場合,過誤(過失)があるとされます。

この点,裁判例(東京高裁平成20年9月26日・判例タイムズ1322号208頁)では,「獣医師は,準委任契約である診療契約に基づき,善良なる管理者としての注意義務を尽くして動物の診療に当たる義務を負担するものである。そして,この注意義務の基準となるべきものは,診療当時のいわゆる臨床獣医学の実践における医療水準である。この医療水準は,診療に当たった獣医師が診療当時有すべき医療上の知見であり,当該獣医師の専門分野,所属する医療機関の性格等の諸事情を考慮して判断されるべきものである。」と述べています。

要するに一般的な水準を満たす診療をしなさい,ということであって,極論,最新の設備をそろえろとか,24時間看護をやれとか,最新の海外の論文に目を通せ,とか要求されているわけではありません。もっとも,臨床獣医学は日々進歩し,「一般に求められる獣医療水準」自体が上がっていくことは目に見えていますから,獣医学を積極的に学び,実践する努力は当然ながら必要でしょう。

また,動物病院の規模によっても判断は変わります。例えば,多くの個人病院はいわゆる1次診療がメインかと思いますが,このような病院では,設備も制限されていますし,2次診療を行っているような大規模の動物病院に比べて,善管注意義務違反を問われる医療水準は低めに設定される,と考えることができるでしょう。

3 実際に動物病院で起きた獣医師が訴えられた裁判例

⑴ 獣医師の説明義務違反により飼い主の自己決定権が侵害されたとして,治療費・慰謝料の請求が認められた裁判例

ゴールデンレトリバー(13歳)の左前腕部(左前足)にあった腫瘍を切除する手術を行ったところ,手術後1カ月半程度で死亡してしまった事案。

「(獣医師の説明義務違反について)・・飼い主は,ペットに如何なる治療を受けさせるかにつき自己決定権を有し,これを獣医師からみれば,飼い主が如何なる治療を選択するかにつき,必要な情報を提供すべき義務があり,説明の範囲は,飼い主がペットに当該治療方法を受けさせるか否かにつき熟慮し,決断することを援助するに足りるものでなければならず,具体的には,当該疾患の診断(病名。病状),実施予定の治療方法の内容,その治療に伴う危険性,他に選択可能な治療方法があればその内容と利害損失,予後などに及ぶ・・とし,本件腫瘍が悪性で術後再発したら断脚しかないことを説明しなかったとして,説明されていれば本件飼い主は,手術を受けさせず保存的な治療をし,術後1か月半で死ぬことはなかった・・・」と述べ,担当獣医師に対し,治療費7万円,慰謝料30万円と弁護士費用の支払いを認めました。(名古屋高裁金沢支部平成17.5.30 判例タイムズ1217号294頁)

⑵ 獣医師が麻酔前後の適切な処置を怠ったとして,慰謝料,葬儀費用の請求が認められた裁判例

チワワ(5歳)歯石除去手術時に,全身麻酔薬「ラピノペット」「ソムノペンチル」を使用。いずれも,呼吸抑制,循環器系抑制等の副作用が発生する恐れがあった。施術時に,全身麻酔薬「ラピノペット」「ソムノペンチル」を使用。前者は,呼吸抑制,循環器系抑制等の副作用,後者も同様の副作用が発生する恐れがあった。歯石除去手術後まもなく,呼吸停止して死亡した。

「・・獣医師は,これらを投与する際は,気道確保,人口換気,酸素吸入の準備をし,異常があれば気管内挿管や適切な治療等の適切な措置をとる準備をしたうえで,投与後,患畜を継続的に監視し,異常があれば適切な措置を迅速に実施する注意義務を負うのが相当である・・本件獣医師Yは,施術前『桜』と『愛』の体重も測定せず,何らの準備もしていなかった・・」として獣医師の注意義務違反と死亡との因果関係を認め,「損害については,・・4年弱家族のように暮らしてきたことから・・」などとして,飼い主に対し,1匹あたり30万円の慰謝料を認めた。(東京地判H24.12.20 ウェストロージャパン)

※麻酔投与自体に注意義務違反を認めたわけではありません。副作用に備える事前準備。投与後の監視,事後の措置を怠ったことに対する過失があったと評価されています。

4 獣医・動物病院側が,医療過誤の予防のために取るべき対応

⑴ 手術前の説明をとにかく丁寧に行う・インフォームドコンセントの徹底

説明義務を尽くすことがまず何より大事です。疾患の内容,治療方法の選択肢の提示とそれぞれの治療法のメリット・デメリット(リスク),かかる費用など,患者さんが安心して獣医に愛犬(猫)を任せられるようにわかりやすく具体的に説明をして,患者と獣医師との間で信頼関係を築きましょう。

⑵ 手術契約書,麻酔同意書(説明書),カルテ,など診療に関する書面を「ちゃんと」作る

獣医師様とお話してみると,手術契約書や同意書の類は,開業直後に,インターネットで拾った,前の病院で使っていたのをなんとなくそのまま使っている,といったレベル。想定されるリスクを把握して最小化できるような弁護士から見て「ちゃんとした」書面を作っているところはまずお目にかかりません。獣医師様,特に院長様は多忙を極め,実際そこまで手が回らない,というのが実際の所かと思いますが,自分で手が回らないことこそ,専門家に依頼することを考えてみていただけたらと思います。弁護士法人なかま法律事務所では,顧問契約いただいた動物病院様を対象に,手術契約書,麻酔同意書など,通常の診療で定型的に使う書面のひな形を提供させて頂いております。ご興味をもっていただけた獣医師様はお気軽にお問い合わせください。

⑶ 診療技術の研鑽,設備の点検といった基本的なことを怠らない

基本的なことですが,獣医療のプロフェッショナルとして,日々研鑽を怠らないことが大事ですよね。