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【親権】【監護権】子どもが配偶者と一緒に家を出て行った(または子供を連れて別居し離婚したい)場合の法的手続き
最近,橋本棋士の引退報道に関連して,「子の連れ去り」が議論になっています。
橋本八段の棋士引退でクローズアップ 「連れ去った方が有利」な子供連れ去り問題の現実 | 東スポのニュースに関するニュースを掲載 (tokyo-sports.co.jp)
(本記事では,共同親権制の是非や橋本(元)棋士の発言等々について意見を述べることは致しません。)
さて,弊所では離婚案件に注力しているため,以下のような相談が数多く寄せられます。
「子どもと同居していたのに,別居中の配偶者が子どもを連れていってしまった。子供に戻ってきてほしい」
「面会交流をしたら,約束通りに子どもを返してくれなかった」
「配偶者が逃げるようにして,子どもが置いて出ていってしまった」
こういった場合の法的な対処法としては,子の監護者指定・子の引渡し審判の申立てと,審判前の保全処分の申立てをすることが考えられます。
実務上,裁判所の判断において現状維持の傾向があるため,単独監護の実績が積み重ねられると,引き渡しが認められにくくなります。
したがって,これらの申立ては一日でも早く行うことが重要である一方で,陳述書や監護実績を立証する資料など大量の資料を過不足なく提出する必要もあり,
かなり難易度の高い手続きです。
したがって,お早めに弁護士に相談されることをおすすめします。
なお,昨今,子の「連れ去り」というワードが独り歩きしているように見受けられますが,
・同居中に主たる監護者であった親が,平穏な態様で子を連れて別居することは,違法な連れ去りには当たらない(例え他方配偶者の同意がなくとも)
・監護者(あるいは親権)争いにおいて,性別だけで結論が決まることはない(いわゆる「母親有利」というのは短絡的に過ぎ誤りである)
・連れ去られた(と主張する)からといって,法的な手続きによらずして,子を取り返してはならない(自力救済は許されない)し,婚姻費用を払わない理由にはならない
ということは改めて,まずお伝えしたいと思います。
さて,子の監護者指定・引き渡しの審判についてですが,同審判において考慮される内容は,事実上親権者の判断要素と重複します。
したがって,これらの申立ては,実際上,親権を争う前哨戦といえます。この意味でも極めて重要な手続きといえるでしょう。
以下,各手続きの詳細を説明します。
1,子の監護者指定・子の引渡し審判,審判前の保全処分とは?
- 子の監護者指定の審判
離婚するまでは,父母のいずれもが親権を有しています。
親権の中に,監護権(子どもの世話や教育をする権利・義務)が含まれますから,監護者指定がなされるまでは,父母のいずれもが,子どもの世話や教育をする権利・義務があるといえます。
そこで,父母の一方にのみ監護権を認め,安定的な監護権の行使ができるよう,子の申立てが必要となります。
- 子の引渡しの審判
文字通り,裁判所が「子どもを申立人に引き渡せ」と判断することを求める審判です。
- 審判前の保全処分
審判は,双方の主張・立証が尽くされてから判断されます。
また,審判が出されても,すぐにその効力が発生するわけではありません。
相手方は,不服があると高等裁判所に不服申立(即時抗告)をすることができるので,①即時抗告がなされないまま即時抗告期間(審判の告知を受けた日の翌日から起算して2週間)が過ぎるか,②高等裁判所で即時抗告を棄却する決定がなされてはじめて,審判の効力を生じます。
そのため,審判の申立てだけでは,監護者指定・子の引渡しを実現するのに時間がかかってしまいます。
そこで,審判が出る前に迅速に監護者指定・子の引渡してもらうためにとる手続きが審判前の保全処分です。
2,どうやって申し立てる?
- 監護者指定・子の引渡し審判の申立て
申立書を子どもの住所地を管轄する家庭裁判所に提出します。
申立書には,「当事者及び法定代理人」と「申立ての趣旨及び理由」の記載が必要とされます(家事事件手続法49条2項)。
また,子どもの戸籍謄本の添付が必要です。
相手方に送達する用に,申立書の写しも用意します。
監護者指定の審判と子の引渡しの審判をあわせて申し立てる場合,手数料として,対象となる子ども一人につき収入印紙2400円と,連絡用の郵便切手が必要です(金額は申立先の家庭裁判所によります)。
申立ての趣旨とは,裁判所に出してほしい判断の内容をいいます。
具体的には,以下のように記載します。
申立ての趣旨
1 未成年者○○の監護者を申立人と指定する
2 相手方は,申立人に対し,未成年者○○を引き渡せ
3 手続費用は,相手方の負担とする
との審判を求める。
申立ての理由には,子どもの福祉の観点から申立人が監護者として適格であること,相手方が監護者として不適格であること等を説明します。
具体的には,以下のような内容を記載しますが,これが全てではなく,事案によって記載すべき事項や分量は変わってきます。
- 現在の状況に至るまでの具体的な経緯(連れ去られた等)
- これまでの監護の状況
- 現在,将来の監護の状況(生活環境,父母の心身の健康状態,親族等の監護補助者の有無等)
- 子どもの心身の健康状態
- 子どもの環境への適応状況
- 審判前の保全処分の申立て
審判の申立てがなければ審判前の保全処分の申立てはできません(家事事件手続法105条1項)。
そこで,通常は審判の申立書と一緒に,子どもの住所地を管轄する家庭裁判所に申立書を提出することになります。
子どもの戸籍謄本や,申立書の写しが必要な点は審判の申立てと同様で,手数料は収入印紙1000円です。
申立書には,「申立ての趣旨及び保全処分を求める事由」を記載し,保全処分を求める事由を「疎明」しなければなりません(家事事件手続法106条1項,同2項)。
「疎明」とは「一応確からしい」と推測を得させる程度の証拠をあげることをいいます。
ただ,審判と保全処分とで判断が異なってしまうと,子どもが父母間を行ったり来たりすることになって,子どもに悪影響を及ぼすことから,保全処分でも本案と同程度に慎重な判断がなされているのが実際です。
申立ての趣旨は以下のように記載します。
申立ての趣旨
1 未成年者○○の監護者を仮に申立人と定める
2 相手方は,申立人に対し,未成年者○○を仮に引き渡せ
3 手続費用は相手方の負担とする
との審判前の保全処分を求める。
「保全処分を求める事由」としては,以下のことを疎明する必要があります。
- 本案が認容される蓋然性(保全処分との関係で,監護者指定・子の引渡し審判の申立てを「本案」といいます。)
- 保全の必要性
「本案が認容される蓋然性」とは,「申立ての趣旨」どおりの審判,すなわち申立人が監護者と定められ,子の引渡しが認められる可能性が高いことをいいます。
具体的には,審判の申立書の「申立ての理由」に記載した事項と同様のことを記載します。
子の引渡しの審判前の保全処分にいう「保全の必要性」とは,「強制執行を保全し,又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するために必要があるとき」(家事事件手続法157条1項3号)をいいます。
具体的には,
- 相手方の子に対する虐待やネグレクトがある
- 相手方の監護が原因で子どもに発達遅滞や情緒不安が生じている
といった事情を疎明します。
連れ去り等,相手方の監護の開始状況が悪質な場合,保全の必要性は認められやすい傾向にあります。
3,申立後はどのような流れになる?
- 監護者指定・子の引渡し審判
- 審判期日の指定
裁判所が,当事者双方から話をきく日を定めます。
- 第1回審判期日
裁判官が,申立書に記載した内容や,これに対する相手方の反論について,双方に質問します。
家庭裁判所調査官という心理学等の専門家も,裁判所の命令により同席して,当事者に質問をします。
- 調査官による調査
第1回審判期日終了後,裁判官は必要に応じて,調査官に対し,調査命令を出します。調査官は,父母や子どもなどから話を聞き,家庭訪問などをして,子どもの監護養育状況について調査し,調査報告書を作成します。
当事者は,調査報告書を第2回審問期日より前に確認して,調査結果を踏まえた主張をします。
- 第2回審判期日
裁判官や調査官が調査結果について補足説明をします。申立てが認容されるかどうかの心証を開示して説明することもあります。
- 付調停・審理終結
裁判所が,調停で合意による解決の可能性があると判断した場合,事件を審判から調停に移行させることがあります。
調停による解決が難しい場合は,事件を終結させます。
- 審判
- 審判前の保全処分
- 審理
審判の申立てと保全処分の申立てを同時にしたときは,本案の審判期日も早期に期日指定されていることが多いため,審判と保全処分は同期日に審理されることが多いです。
緊急性や必要性に応じて,第1回審判期日前から調査されることもあります。
相手方の監護養育に問題がない事案や,保全の必要性がない事案では,裁判所から保全処分の取下げを勧められることも少なくありません。
- 審判
保全処分の申立てを認容するか,却下する判断がなされます。
保全処分の申立てが却下された場合,2週間以内であれば高等裁判所に対し即時抗告ができます。
4,申立てが認められたら?
債務者(相手方)が,任意に子を引き渡さない場合には,強制執行の手続として,子の引渡しの間接強制,直接的な強制執行の手続を利用することができます。
申立ては,審判をした家庭裁判所に申立書を提出する方法により行います。
裁判所のHPに申立書の記載例などがあります。
(https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/vcmsFolder_983/vcms_983.html)
審判前の保全処分により強制執行をするときは,期間制限があることに注意しましょう。強制執行ができる期間は,保全処分が送達された日から2週間以内であり,2週間を経過すると強制執行ができなくなります。
- 間接強制
一定の期間内に子を引き渡さなければ,一定の額の金銭を債権者(申立人)に支払うべき旨命令をすることをいいます。債務者に心理的圧迫を加え,自発的な引渡しを促すものです。
- 直接強制
民事執行法の改正により,子の引渡しの直接強制について明文化されました。
以下のいずれかの場合に,直接強制が可能となります。
- 間接強制の決定が確定した日から2週間を経過したとき(当該決定において定められた債務を履行すべき一定の期間の経過がこれより後である場合にあっては,その期間を経過したとき)
- 間接強制を実施しても,債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき
- 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき
5,まとめ
監護者指定および子の引き渡しの審判(保全処分含む)は,
・スピード命
・同居中の監護実績が極めて重要
・単独監護の環境を整える(監護補助者に頼りきりではダメ)
ということは頭の片隅に入れておいていただき,お困りの際は,早々に離婚事件の経験がある弁護士あるいは法律事務所にご相談に行かれるとよいでしょう。